名古屋地方裁判所 昭和25年(ヨ)466号 決定
申請人 全日本自動車産業労働組合東海支部渡辺工業分会
右代表者 執行委員長
被申請人 渡辺工業株式会社
一、主 文
本件仮処分の申請を却下する。
申請費用は申請人の負担とする。
二、理 由
(申請人の主張)
本件仮処分申請の趣旨は一、被申請人会社は別紙賃金表氏名欄記載の各従業員に対し、同表支払額欄記載の金員を毎月支払わなければならない。二、被申請人会社は右各従業員に対し材料を提供して労務に就かせなければならないというのでありその申請の理由の要旨は次のとおりである。
被申請人会社はボールト、ナツト等の製造販売を業とする会社であり別紙賃金表氏名欄記載の者はすべて同会社の従業員にして申請人分会所属の組合員である。被申請人会社は経営の乱脈と会社幹部による会社財産の横領等のため事業不振に陥り、これが打開策として昭和二十五年二月頃企業整備をなし、多数の従業員を解雇するとともに、賃金の遅払その他の方法により残存従業員の労働条件の低下を図つた。かかる状態を放置するときは、被申請人会社の破滅を来し、延いては従業員の地位を脅かすに至るので、申請人分会は被申請人会社の企業の崩かいを防ぎ組合員の地位を守るため、止むなく昭和二十五年六月二十四日より業務管理を行い争議状態に入つた。しかるに被申請人会社は申請人分会の右業務管理による争議を弾圧するため、経営権の保全に名をかつて工場立入禁止等の仮処分を名古屋地方裁判所に申請し、同裁判所は同年九月二十二日申請人分会に対し、被申請人会社の業務の執行を妨害してはならない旨の仮処分命令を発した。右仮処分命令の趣旨とするところは、申請人分会の業務管理を停止して、被申請人会社に平常の業務を執行させるにあること明かだから被申請人会社としては速かに業務を再開して、申請人分会の組合員である従業員をして会社の業務に就かせなければならないのに拘らず、被申請人会社は右命令の趣旨を無視し、同月二十四日材料不足を理由として向う一週間の休業を宣し、その期間中はもちろん右期間経過後においても依然として従業員に材料を提供せずその就労を拒絶しているのである。このような状態が継続するときは、申請人分会の組合員は被申請人会社から給料の支払を受け得ず、生活の困窮を来しその従業員たる地位も危たいに瀕するので、申請人分会は組合員の地位擁護のため、被申請人会社に対し賃金支払並びに労務受領請求の訴を提起すべく準備中であるが、右判決確定に至るまでの応急的措置としてとりあえず申請の趣旨記載のごとき仮処分命令を求める次第である。
(当裁判所の判断)
(賃金請求について)本件仮処分申請中賃金の支払を求める部分については、右申請はいつたい何時からの賃金の支払を請求するものであるかはその申請書の記載自体からは明白でない。
しかし当庁昭和二十五年(ヨ)第二八五号及び同第三四八号各仮処分事件の記録によると、被申請人会社は昭和二十五年四月分までの賃金については既に支払ずみであるし、又同年五月及び六月分の賃金については被申請人会社の各従業員から当裁判所に対し賃金支払の仮処分を申請し既にその決定があつたのであり、なお同年六月二十四日より申請人分会は被申請人会社の経営権を排除していわゆる生産管理に入り、同年九月二十三日まで争議状態を続けたため該期間の賃金については被申請人会社に対しその支払を請求し得ない事情にあること明かであるから、申請人の本件仮処分申請は同年九月二十四日以降の賃金について毎月支払期日の到来の都度その支払を要求するものと解するを相当としよう。ところで前記仮処分申請事件の記録によれば、被申請人会社における従業員に対する賃金の支払期日は、毎月二十七日に前月二十一日より当月二十日までの一ケ月分の賃金を支払う定めであることが窺い得られるから申請人の支払を要求する昭和二十五年九月二十四日以降の賃金に関しては、現在未だその期限が到来せざるか(同日以後本件決定の日までの分)又は賃金債権として未だ成立しおらざる(本件決定の日以後の分)ものといわねばならない。而してかかる期限未到来の債権又は将来成立すべき債権について、その期限の到来又は債権成立の時を見越してその支払期日に支払をなすべきことを命ずる仮処分を申請することは、特別の事情なき限りいわゆる保全の必要を欠くものとしてこれを許容し能はぬものというべきである。すなわち本件仮処分申請は申請人に申請の利益なきものとしてこれを却下するの外はない。
(就労請求権について)次に、被申請人会社に対し、申請人の分会員による労務の提供を受領すべきことを請求しているからこの点につき考察する。およそ労働契約関係において労働者は使用者の指揮命令に従つて一定の労務を提供すべき義務を負い使用者はこれに対し一定の賃金を支払うべき義務を負うとすることは、その最も基本的法律関係である。すなわち労働者の労務の提供は労働者の義務というべきものであつて使用者に対する権利として考うべきものではない。もつとも使用者が正当の理由なくして労働者の労務の提供を受領しないときは、或は民法上の債権益遅滞として遅滞の責に任ぜねばならぬし、又場合によつては労働者に対する不利益な取扱をしたものとして不当労働行為の責任を負わねばならぬことがあろう。しかしこれを以て、一般的に使用者が労働者に対し、労務の提供を受領すべき義務あるものとなすことは誤りである。したがつて本件において申請人が被申請人会社に対し、その分会員による労務の提供を受領すべきことを要求するのはその主張自体失当である。
以上のように、申請人の本件仮処分申請はいずれもその理由がないからこれを却下すべきものであり、申請費用について民事訴訟法第九十五条第八十九条を適用し主文のように決定する次第である。
(裁判官 山口正夫 奧村義雄 夏目仲次)
別紙賃金表<省略>